Zabine
|
本を読まないということは、そのひとが孤独でないという証拠である。 - 太宰治
Twitter / 名言bot (via yellowblog) (via onehalf) (via usaginobike) (via yasunao) (via 3000km) (via nemoi) (via theemitter) (via ittm) (via ssbt) (via dewfalse) (via kurono) (via qiring) (via daydripper) (via jinakanishi) |
|
プロのミュージシャンが酔っぱらってセッションしていたという話を聞く。 「山崎まさよしがうちあげでドラム叩いてさ。」 それを目撃した人も誇らしげだ。うらやましい。僕の仕事では酔っぱらってホームページ作ったところで誰もほめてくれない。ぐちゃぐちゃにして寝るだけだ。ミュージシャンだと 「照明のスタッフもノリノリで照明当ててたよ」 とかスタッフも優しい。僕が酔っぱらってフォトショップ立ち上げても、だれもノリノリでプリンタつないでくれたりしない。されても嬉しくない。ミュージシャンがモテるのはそういうところかもしれない。ほかの職種だって、たとえば、 「このまえ経理の山田さん酔っぱらって伝票ゴリゴリ書いてたよ」 それもだめだ。かなりだめだ。 いいな、ミュージシャン。 webやぎの目: 2005年12月 (via kazukij) (via jinakanishi) (via handa) (via detlog) (via kml) (via gkojax) |
hkj:
|
hkj:
|
|
|
たとえば三歳未満の子供を連れて海水浴に行ったり、動物園へ行ったり、あるいは温泉へ泊りがけで行ったりするのは、子供にとって害にはなっても、なんのプラスにもなりません。 たしかに子供はその時は喜ぶし、楽しそうにはしゃぎまわります。しかしそれはそれでしかなく、実際には健康の上からも、躾の点でも、情操教育効果の面でも、まったく無益で、結果的にその子供が心身共に疲労するだけなのです。 親のほうにしてみれば、現実に子供は喜ぶし、子供にこれだけのことをしてやったという満足感を覚えます。この満足感を持つことはいいことだし、また必要なことでもあるのです。しかし子供が三歳を過ぎないうちは残念ながら無駄なことなのです。 「心 身共に」のうち、まず心のほうについて述べましょう。そういう所へ三歳にならない子供を連れて行っても、親子の絆を特別に強めるという効果はありません。 言い換えれば、そんなことに頼らなくても親子の絆はでき上がっていくということです。知能の面についても、三歳にならないうちは言葉と時間をしっかりとは 覚えていないので、海水浴や動物園や温泉に行ったことが記憶として残って、その後の知能の発達の役に立つということはほとんど期待できません。 次に心身の「身」のほうですが、これはふだんの生活と違うことをしたことによって、そのこの子の日常生活のリズム(体内時計のリズム)が崩れ、極度に疲労するのです。その結果、ふだんなら寄せつけない病原体でも身体の中に入ることを許してしまう、つまり病気になる可能性が高くなります。 三歳未満の子供にとっては海水浴や動物園や温泉に連れて行ってもらうよりは、お父さん、お母さんと一日中、いつもやっている積み木だの絵本だので遊んでもらうことのほうが、ずっとありがたいのです。 子供を連れて遠くへ行ったり泊ったりするのは、子供が三歳を過ぎてからにしましょう。 海の水が塩からいのも、虎とライオンが違うのも、三歳を過ぎてから教えて十分間に合うし、そのほうが効果があるのです。 ドサンコの東京子育て&旅日記: 「母親は朝寝坊するな」の一喝に思うこと (via mitukiii) (via webstocker) |
|
“メールの最後にこんな一文があった。 SIBERIAN NEWSPAPER OFFICIAL BLOG » Blog Archive » メール 素敵な文章。なんか分からないけど心が揺り動かされる。素敵な気持ちになれる。 http://retext.orig.jp/text/41058 (via retextlog) (via dorelax) (via jyamil) (via 908908) (via hkj) |
|
180 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2009/01/17(土) 12:00:22 ID:???
日本のマスコミさんは他人に厳しいっすねー:ぁゃιぃ(*゚ー゚)NEWS 2nd (via gkojax, naha) |
|
おもいやりって、「人の気になって考える」ではなくて、「自分の基準を他人に当てはめない」ってことだと思う。
「俺は大丈夫」を他人に適用しない - novtan別館 |
|
日ごろ何気なく使っている “Re:”について、多くの人は英語の“reply”(返信)か“response”(応答、返答)あるいは“return”(返却)の略、と漠然と思っ ているに違いない。私自身、数年前までなんの疑いもなくそう解釈していた。ところが、実際には“reply”にしろ“response”にしろ“Re:” の語源としては俗説のようだ。
つは英語の“regarding”説だ。『プログレッシブ英和中辞典』(小学館)では、「前置詞。…に関して、…について(with regard to)」と語釈を示した後、「主に商業文で用いる。Regarding your recent inquiry(先日のご照会の件に関しまして)」と例文を載せている。つまり、“regarding”の頭の2文字から取ったというわけだ。そう言え ば、学生時代、貿易英語(コレポン)の授業で習った覚えがかすかにある。 もう一つの語源説はラテン語由 来である。『インターネット用語 語源で納得!』(ナツメ社、藤田英時著)は、「『ReはReply(返事)の略』と説明している本や雑誌がほとんどだが、それは大きな間違い」とバッサリ 切り、「Reとは、ラテン語からきた言葉で『~について、~に関して』の意味」とし、日本語の「…の件」に近く、法律やビジネスなどの文書によく使われる、と述べている。
典」(研究社)のresの項には「物事、(弁論・著述の)題材、主題」とある。西欧語の言葉の源をたどっていくと、行き着く先はたいていラテン語なので、 念のため研究社の『リーダーズ英和辞典』でreを引いてみたら、意味は「に関して」、語源はやはり「ラテン語のres」とあった。 返信メールの“Re”の意味と由来 - 言語郎-B級「高等遊民」の妄言 (via petapeta) (via yaruo) (via zono) (via rightstaff) |